福島の仮設住宅で盆踊り

  • 2014.09.24 Wednesday
  • 14:58
川崎中部建設労働組合の地図・詳細はこちら

県青協(神奈川県建設労連青年部協議会)が
主催して、福島県の安達運動場仮設住宅のみなさんと
盆踊りを開催してきました。

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今年で3回目となる仮設住宅への支援活動。

「浪江にいたころみたいに盆踊りをやりたい」
という仮設住宅のみなさんの声を形に。

仮設住宅自治会のみなさんと一緒に
福島をはじめ、山形からなど全国各地の建設青年が集まって
「浪江と神奈川の絆祭り」を作ってきました。


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建設労連の主婦の会の方たちも一緒に、商工会や自治会、
県青協のメンバーが生演奏で奏でる相馬盆歌に合わせて
踊りました。

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昼間は模擬店を出したり、
20メートル近く竹をつなげて超ロングの流しソーメンも。
子どもたちも大喜びでした。


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中部建設から参加した青年部員は包丁研ぎの受付がかり。
昨年も大盛況だった包丁研ぎ。「今年もお願いね」と
みなさんが持ってきます。大忙しでした。


絆祭りの翌日は、特別に浪江町の中にバスで入りました。

帰還困難区域をバスは走っていきます。

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この大型バスを借りるのにも、苦労が。
子どもたちも使う大型観光バスは、走行履歴が特に問題に。
「帰還困難区域を走る」ことによる被ばくが原因でバス会社は
なかなか貸してくれません(当然というば当然)
私たちの趣旨を理解してようやくバスを貸してくれるバス会社が
見つかり、中に入ることができたのでした。

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「この先帰還困難区域につき通行止め」の看板が。
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なんでも無い風景に見えますが、線量はバスの中でさえ
川崎の除染基準の50倍以上。川崎だったら市の職員が
すっ飛んでくる線量です。

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今は誰も住めないまち。

帰還困難区域を通って、避難指示解除準備区域へ
地震と津波の被害が大きくいまも残っています。
まるであれから時間が止まったよう。
時間を止まった「まま」にしているのは原発事故のせい。
「原発さえ無ければ」という言葉が実態として目の前に
現れる。

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絆祭りの前日に仮設住宅の人たちと交流した時に自分が感じたこと
 

福島の仮設住宅の自治会のみなさんと一緒に飲んだ。
一緒に飲むのは2回目。
色んな話を聞く。
原発で働いていた人ももちろんいるし、
3.11の時に原発のトレンチにいた人、
休憩所でタバコ吸ってた人も。
普通なら20分で帰れる道を4時間かかったと。

いま大変なのは「仕事が無いこと」人にとって、
仕事は生きがいだったり日々のやりがいだったり必要なもの、
それを奪われたままなこと。


(仮設に暮らす人全部では無いんだろうけど)
雇ってもらえない。

補償金をもらっていて暮らしを補償されてる事や、
雇う側からの「余所者意識」や「いつまでいるの?」という
意識など色んな要因で仕事が与えてもらえていない。
面接を受けても仮設住宅ということで落とされる。


仮設住宅の周りの地域住民にもある
「いつまでいるの?」意識
(そういった声が仮設住宅に暮らす人に聞こえてくる)
元々は運動場として地域の人が使っていた場所だから、
そういう声がごく一部でだろうが上がってくる。

明日の祭りのタイトルも「浪江と神奈川の絆祭り」
でなくて「浪江と福島の絆祭り」にしてくれたら、
近所のスーパーにも貼ったりできたと言われた
(仮設住宅の自治会長が考えたタイトルなんだけど)

仮設住宅に暮らす人と地域にもとから暮らす人との溝を埋めたい。
そういう意味で、地域ぐるみのお祭りが必要だし
改めて今回の祭りの取り組みは素晴らしいと思った。


今回の盆踊りは、
テントから何から仮設住宅の自治会主体で動いていて、
大変だけどみんなで作り上げるものがある。
そこが重要だし、もし地域の人ともそれができたら本当にいいと思う。

 

学校でも
「浪江の子が悪くなると世間のあたりが厳しい」
「他の地域には悪くてぐれてる子はいないのかよ」
と言いたくなる。
「子ども達の方がよっぽど素直なのかも知れない、
俺たち大人もぐれたい様な状況で、
でも大人だからガマンしてしまってる」
安達仮設住宅に暮らす子ども達は、みんなで通う学校が違う。



3年目の仮設住宅でのいま

「この暮らしに慣れてきてることが恐ろしい事だ」

と言ってた(そうだよなー)


僕の方から

「補償金もらってパチンコ行って遊んでるみたいな声あるけどどう思う?」
と聞いてみた(飲んでないと聞けないな)

 

「俺たちは普通に暮らしたいだけなんだ。
俺たちが何か悪いことをしてこんな暮らしになってるなら
まだ納得できる、でもそうじゃない。
仕事も生きがいも奪われてなんもやること無くなって
憂さ晴らししたい気持ちもわかんべ。
俺は釣りが大好きだったけど震災以来全然できなくなった、
自分の親族が流されて死んだ海で釣りはできないよ。
普通に暮らしたいだけなんだよ。
浪江ではお年寄りはみんな畑やったり野菜作ったり
生きがいがあった。
生きがいや日々のやりがいを奪われて何もやること無くなって
呆けた年寄りを看るのは本当大変だよ。
親戚でそういう人がいるけど、本当に大変なんだ。
3年前から時間が止まってるんだよ」


 

他にも色々と話した。僕が話したのは、
仮設住宅でも自治会役員として頑張ってる人の声だから
もっと色んな声があるんだろうけど、先週も福島に来て、
今回も先発隊として来て福島の人と交流できたから聞ける
(仲良くなったからこっちからも突っ込んで聞ける)
声がたくさんあると思った。
人の復興なんて全然進んでない。
それなのに原発再稼働、オリンピック、その他諸々。

仮設住宅の人の「俺たちはもう過去の人なんだべ」
という言葉が残ってる。

僕が来ている仮設住宅はあと3年で閉鎖される事が決まっている

ほとんどの人に行き先も居場所もみつかっていない。

「ここに来るまでに12回居場所が変わったよ」
と言う通り、また流浪の民になるんだろうか。








 
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