川崎市内の危険な塀(ブロック塀)撤去に補助金創設

  • 2018.11.13 Tuesday
  • 09:28

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川崎市においても、「危険な塀」撤去に新たな補助金が

 

創設されたことがタウンニュースに掲載されていました。

 

補助金は、撤去費用の半額を上限30万円まで補助します。

 

2020年度までの時限的な措置なので、ご注意ください。

 

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川崎市内の建設労組と、市側の職員との意見交換を行う、

 

今年8月の対市交渉で、強く要望をした事が叶えられて嬉しいです。

 

中身については、相模原市の様に「市内業者の見積施工」を

 

組み入れてくれるともっとよかったのですが

 

対市交渉の場での市側職員の返答は

 

「補助金創設も含めて研究するが、補助金以外にできることがあると

 思う」

 

と若干後ろ向きともとれる反応だったので、ほっとしました。


ここ最近では、ブロック塀の補助金や、市営住宅跡地を市民利用できる

 

施設とすることや、ヒバクシャ署名への市長の署名などの要望が

 

叶えられてきました。

 

これは、身近な暮らしの事を、私たち市民が直接行政に訴えられる

 

大事な機会だと思います。

一方で、個別の団体の交渉にとどまらずに、業者団体や保育士団体、

 

母親の団体とか医療の団体とか

 

の、幅広い人たちが手をつないで一緒に要望を練って交渉する

 

連絡会形式も必要だと感じています。

 

 

200人を超えた!過去最高の参加者で組合運動会を開催。

  • 2018.11.02 Friday
  • 15:55

JUGEMテーマ:運動会

 

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秋・・・秋と言えば何を思い浮かべますか?

今年は大漁らしい秋刀魚とか紅葉狩りとか、読書の秋なんてのも。。

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今回はスポーツの秋ということで、青年部の呼びかけによって

復活をした組合運動会、第4回目を開催しました。(通算35回目)

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10月28日(日)高津区にある、たちばな公園で開催。昨年が雨により

中止となってしまったので、今年は参加者が集まるのか心配されましたが、

今年は天候に恵まれ、事前に壁新聞なども使って呼びかけていたことで

過去最高の200人を超える参加者で盛り上がりました。

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200人の参加者、子ども達をしっかり誘導して最後まで

楽しく盛り上げてくれた紅組、白組大将のお二人。

選手宣誓はグダグダだったけど、かっこよかった!

 

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うちの運動会で一番熾烈な争いが繰り広げられる競技と言えば

やはり、綱引き!!

パット見なにをしているのか写真では分かりませんが、

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中央に置かれた短い綱5本に、よーいドンで駆け寄って

自分の陣地に一本でも多く引き切った方が勝ちという

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やっている方も楽しそうだけど、観ている方も手に汗握る

盛り上がり最高潮を見せる競技です。

毎回ケガ人が出ないかとヒヤヒヤしますが。

これは止められないな。

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今年は子ども達の参加がたくさんあって、ほのぼのと嬉しい

場面も。

子どもは宝ですね。存在するだけでその場所が輝きます。

 

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一方、こちらは大人の部門、角切りレース。

中央に置かれた角材まで駆けていき、のこで切って

持ち帰ってくるという単純な競技でありながら、

宮大工や工務店、棟梁などなど腕に自信がある人たちが

しのぎを削ります。BGMはもちろん、北島三郎さんの「与作」

ヘイヘイホー♪

 

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こちらのBGMは、子ども達に人気の

「カーモンベイビーアメリカ♪」

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子どもも大人も、楽しそう。

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「カーモンベイビーアメリカ♪」でみんな必死です。

 

個人的には「どっちかの夜は昼間♪」という歌詞がツボです

うん、そうだよね。どっちかの夜は昼間だ、と納得。

「みーなみの上は北♪」とか「みーずを沸かすとお湯♪」

みたいに当たり前のことを当たり前に歌い上げるとこが

ツボ。

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そしてムカデリレーやらなんやら

いろいろと闘いは進み、、、

最期は紅組が勝利しました!!しかも3点差!

負けてしまった白組大将には、ドーン

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ううむ、いい顔してる。

 

詳細な、微に入り細を穿つ運動会レポートのブログを

書いていたのですが、途中で消えちまいやがって。。。

ざっくりとまとめると、晴れて良かった!みんながんばった!

楽しかった!というところです。。。なんせよ大人も子どもも

笑ってくれていて良かったよかった。

 

多摩で起きた安藤ハザマ元請現場の火災事故で当組合の組合員がお亡くなりになりました。

  • 2018.08.01 Wednesday
  • 17:11

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7月26日に東京都多摩市唐木田にある安藤ハザマ元請の現場で起きた

 

火災事故によって当組合の組合員である

 

岩本靖雄さんがお亡くなりになりました。

 

 

岩本さんは、組合事務所に来た時はいつもにこやかで

 

真面目さが前面に出ているような方でした。

 

心よりご冥福をお祈りいたします。

 

 

事故から5日後の31日に、火災現場に私と手塚事務局で

 

お花を手向けに行ってきました。

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火災現場には、まだ生々しく焼けた匂いが残っていて、

 

隣のコンビニには消防車がいました。

 

真っ黒になっていて、ものすごい火災だったことがよくわかりました。

 

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火事があった時間と同じ午後2時ごろに現場に着いたのですが、

 

もの凄い暑さでした。災害と言われるほどの酷暑。

 

暑い中で、一生懸命に現場作業をして

 

自分は全然悪くないのに火事で燃やされて死んでいったことを思うと

 

無念でなりません。

 

現場にあった献花台にお花を手向けて、中部建設組合員之証を置いてきました。

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その日の晩に行われたお通夜と、本日行われた告別式に

 

参列させていただきました。
 

岩本さんのお顔は、ほほの辺りが黒く焼けていて、

 

唇は火ぶくれで左下側が黒ずんで膨れていました。

 

どれだけ熱かっただろうかと思い、

 

かわいいお孫さんを抱いている写真を見て、

 

どれほど生きたかっただろうと思いました。

 

 

ご長男が、岩本さんへの最期のお言葉で、

「親父は、孫にランドセルを買ってやるのを楽しみにしていたよな、

 子どもが産まれて車がいるだろうから車買ってやるから待ってろ

 言っていたよな、 孫の写真を見られるようにばあちゃんにスマホを

 買ってあげるって約束をしていたよな」と岩本さんに語り掛けていました。

 

岩本さんの優しいお人柄がよくわかりました。お孫さんのためにも

 

一生懸命に働かれていたのだと思います。

 

喪主を務められた奥様が、最後の挨拶で参列者へのお礼の言葉の後に

 

岩本さんのご遺体が入った棺を前にして、たった一言

 

『どれほど無念だったかと思う。もう二度とこの様な事故を起こさない様に

 お願いします』と泣いて途絶えとだえになりながら訴えました。

 

 

安藤ハザマは、昨年にも同じ原因の火災を起こしています。

 

絶対に許せないし、これを許していては次の被害がまた出てしまいます。

 

ずさんな現場管理で、いっぱいいっぱいの工期を無理やり進めさせた

 

元請会社への怒りがこみ上げます。


二度と同じ人災を繰返させないために、

 

こんなに暑い中で汗をかいて働いている建設職人が、

 

安全・安心な現場で働いて、安定した生活賃金を得られるように

 

組合も全力をあげて闘っていきます。

 

ブロック塀等の点検報告とお願い。

  • 2018.06.28 Thursday
  • 14:43

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≪自宅近隣を見て回った報告≫
大阪の地震によるブロック塀の倒壊によって、幼い命が亡くなってしまい、

自分たちの周りにもそういう危険な壁があるのかと思って、

少し気を付けて自宅の周りを歩いてみました。


すると、

娘の通う小学校に面した民家に危険な壁がありました。

150僂旅發気泙農僂泙譴織屮蹈奪塀に、

100僂離屮蹈奪塀を継ぎ足していることがわかります。

大きな亀裂も入ってしまっています。

さらに4軒となりの空き家にも、

老朽化した建築基準法で定めた高さ以上の塀がありました。


災害時に、ブロック塀などが倒壊をすると、

命を奪う危険はもちろん、

救命や災害復旧のための道路確保に大きな影響を与えます。

 

≪川崎市の施策など現状≫
・川崎市は、ホームページに

「あなたの塀は安全ですか」という冊子を掲載しました。

http://www.city.kawasaki.jp/500/cmsfiles/contents/0000098/98401/h24.pdf
 

・これから、市内のブロック塀などが設置された  

  市立学校を点検するようです(50数校)
 市内118(だったかな)の小学校の通学路は

 20年ほど前に点検を一度したようですが、

 それ以降行われていないようです。
 

・民家の塀などを撤去する場合には『生垣にする場合』

 には補助がでますが、撤去だけでは補助がないという現状です。

 (相模原市は撤去に対して補助がでます)

 

 

≪お願い≫
川崎市内に合計で9つ事務所がある建設労働組合では、

毎年8月に川崎市と交渉を二日間に渡って行って、

様々な要望を市にお伝えしています。


今度の対市交渉で、
〇堝發猟務慙に危険なブロック塀などがないか点検をすること。
個人の塀の補修や撤去が必要な場合に

 所有者が経済的な理由で工事ができないということがないように

 補助をすることのふたつを要望いたします。

 

お願いは、
みなさんのご自宅近隣や勤務先の周りにも、

同じように危険なブロック塀などが無いかを

少し気にしながら歩いてみてほしいのです。

 

そして、危険なブロック塀などが見つかった場合に、

写メを撮って組合あてにメッセージを送っていただけると助かります。


対市交渉の際に、

市内の実際にある危険なブロック塀などとして市に

資料提供をしたいと思っています。

ご協力をいただけると幸いです。よろしくお願いいたします。

組合メールアドレス t-ken@isis.ocn.ne.jp

川崎合同法律事務所50周年記念式典

  • 2018.04.19 Thursday
  • 17:00

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組合の顧問弁護士が所属する、川崎合同法律事務所の

 

50周年を祝う記念式典に参加しました。

(というだけでなく式典の実行委員になって太鼓でも出演しました)

 

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会場となった日航ホテルの準備段階。直前の実行委員会では360人は

参加が読めていたけど、どれくらいの方が見えられるのかドキドキ。

 

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流石は、神奈川県内有数の規模を誇る弁護士事務所。日航ホテルの

集まりでお寿司まで出すのは、珍しい。(人が多すぎて食べられなかったけど・・・)

 

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幕開け太鼓ってことで、我が太鼓グループ 乱打夢(らんだむ)による演奏。

わざと何の紹介も無しに、一発目を入れると、必ず何人かの人が「おお!」って

びっくりするのです。意外にそれが快感だったりもして。

この体勢はきっついですが、アラフォーになって余計にきっつくなってきました。

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写真は、神奈川土建の柴田さんが撮ってくださいました。

写真を撮る人の腕前によって、こんなに綺麗にとれるとは。

ちゃんと何の会か分かるようなアングルで写しているのが流石です。

 

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どれぐらいの方が来てくれるだろうか、という心配をよそに会場に入りきれない

ほどの450人が集まって盛大に行われました。

会場内が人でいっぱいで、料理を取りに行くのも人をかき分けて移動しなければ

ならないほど。

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主催者あいさつで立たれた藤田弁護士も、ニッコニコです。人がたくさん来てくれた

ってだけでもう大成功ですよね。

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お歴々でのかがみ割り。

司会の「よいしょ、よいしょ、よいしょー」の掛け声に合わせて

太鼓をドドン、ドドン、ドドーンと僕が叩いたのですが、間が合わずに

迷惑かけちゃいました。

司会の城谷さんと僕が20年来の付き合いなので、

「この2人なら打ち合わせしないで平気でしょー」と

一回も合わせをしないで本番をむかえてしまっての失敗。

 

段取り八分(だんどりはちぶ) という事を忘れてしまってました。反省。。。

 

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最後はみんなでレミゼラブルの民衆の歌を大合唱。

合唱団のみなさんのリードで、高揚して歌い切りました。

 

 

ババーン!!

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『ワーッ!』ってなって閉式となりました。

 

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川崎合同法律事務所の弁護士のみなさんと、縁の下の力持ちで

事務所を支える事務局のみなさん。

 

50周年記念式典の実行委員会から関わり、久しぶりに

交流が持てた人もいて楽しかったです。

ますますのご発展とご活躍を祈念してます!

お正月にお城に行ってきました。

  • 2018.01.22 Monday
  • 12:28

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新年あけましておめでとうございます。

 

今年もよろしくお願いいたします。

 

今年のお正月は、例年に比べてゆっくり休めた人も多かったのでは

ないでしょうか。いろいろとお出かけになった方もいるかも。

 

僕はと言えば、毎年と同じように妻の実家と自分の実家へ帰省して

過ごしていました。

 

それと、2年前ぐらいに手に入れた「日本100名城に行こう」

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っていうスタンプラリー付きのガイドブックを使って、

群馬の高崎にある箕輪城に行ってきました。

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※城跡なのでほとんどなにも残っていません。さびれた看板をパシャリ

 

妻の実家が足利なので、足利の鑁阿寺(ばんなじ)という

室町時代のお城に行った翌日に、箕輪城&高崎城に行くという

なかなかお城三昧のお正月でした。

鑁阿寺は、由緒あるお寺としても有名ですが、実はお寺のすぐ

隣があいだみつおさんの出身地ということでも地元では知られて

います。(地元以外ではあまり知られていないと思いますが)

 

100名城すべてにスタンプが設置されていて、全部まわると

日本城郭協会という公益財団法人のホームページに登録される

という、ありがたいお話しなのですが、北海道の果てから沖縄まで

ありますので、全部まわるのは相当大変です。

(と言いながら今年は彦根城に行きたいと思っていますが)

 

 

僕の実家は正月になると人がやたらとやってくる土地、鎌倉市

なので、正月に車で出かけようとすると必ず渋滞につかまります。

 

実家を出て、円覚寺と鶴岡八幡宮を結んだ北鎌倉駅から延びる

道路を行ったのですが、やっぱ渋滞。

最初は「お寺に行こう」と言ってたのに、渋滞にめっきりやる気を

そがれたので、みんなで逗子の披露山公園に行くことに。

 

これが、本当に良い公園で、みんな初めてでしたが、すごく

楽しめました。

山の上にあるこの公園には、小さな動物園もあって、

富士山と江の島が同時におがめる展望台があります。

山から遊歩道をくだっていくと、逗子の海岸に出られて

遊べる。

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子どもたち大喜びでした。

 

海からエネルギーをもらって、今年も一年がんばりたいと思います。

よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

建設キャリアアップシステムというシステム

  • 2017.12.19 Tuesday
  • 18:38

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建設キャリアアップシステムという、恐らく多くの人にとっては

 

耳慣れないシステムが、早ければ来年2018年に始まろうとしています。

 

※ロゴマークも先日決まったようです。

 

国交省主導で始まり、日建連というゼネコン団体、労働者代表の全建総連

が入って、現在システムの準備室で準備をされています。

 

この建設キャリアアップシステム(以下CCSに略します)は、

建設現場で働く技能者、職人一人ひとりにICチップの入ったカードを

保持してもらい、各現場でそのカードをカードリーダーやタブレット

を使って就労履歴を読み取るというものです。

 

 

 

読み取った就労履歴が、システムに蓄積されて、その人がどの様な現場に

今まで入ってきたかが分かるようになります。

 

カード(システム)には、

技能者の本人情報や

社会保険等の加入状況

蓄積された就労履歴

資格の情報

などが保存されて、事業者が閲覧可能になる予定です。

 

このCCSに期待するものとして、今まで見えていなかった

建設労働者の技能や資格が「見える化」されて、正当に評価された

技能に真っ当な賃金が支払われる建設技能者の処遇改善が期待されます。

 

現場に従事する建設技能者の賃金UPと処遇改善は、

労働組合が言っているだけではなくて

国もゼネコンも必要だと言っています。

 

国は、

「このままの低い処遇の建設現場の状態が続けば若者が入職してこない」

入職してこなければ国のインフラシステムが(メンテナンス等も)

機能しなくなるからということが主な理由で。

ゼネコンは、全産業が人手不足の中で、

今までのままの処遇では人が建設業界に

入ってこないとうのが理由です。

そんな訳で、官民労使一体で建設技能者の処遇改善を目的として

CCSが始まりました。

 

技能者が持つカードはレベル1〜4まであって色分けをされる予定です。

レベル1=見習い

レベル2=一般技能者

レベル3=職長

レベル4=一級資格保持者や登録基幹技能者(ゴールドになるらしい)

 

今までも、建設に関わる資格はたくさんありましたが、なかなかそれが

賃金UPにつながっていませんでした。

しかし、今後CCSが本格的に運用されていけば、ひとつの事業所にどんな

技能士が雇用されているのかが、一目で分かるようになります。

例えば

「うちの会社にはゴールドの技能者が10人いますよ」とか

「このマンションはゴールドの技能者が施行しました」とか

いう風になっていくことが予想されます。

 

事業者にとって、レベルが高い(高く見える)

技能者は高いお金を払っても居て欲しい技能者になります。

その人たちがいること自体が強力な営業ツールになるので、

優秀な技能者の定着を図るために処遇の改善に

努めなければならなくなります。

 

また、CCSが建設業界のみならず、社会的な認知度が高まっていけば

施主が住宅のリフォームを頼む時に「ちょっと高いけど安心」な事業所を

選ぶ際の評価の基準になっていく可能性があります。

 

CCSは、就労履歴が残るということだけでなく、評価が見える様になる

ということが大きなことなのかなと思います。

 

実際に同じようなシステムを導入しているイギリスでは、

技能レベルに応じた基本給(最低賃金の様なイメージ)を定めていて、

「レベル2の技能士に対しての報酬は○○円を下回ってはならない」

といった労使協約を結んで賃金の下支えになっています。

 

まだまだ、

始まってもいないので海のものとも山の者ともわからない感じでは

ありますが、技能評価がしっかりとされることは大切なことだと思います。

 

あとは、その評価された技能に『いくらの値段を貼り付けるのか』

ここは、労働者と使用者との話になってくる訳です。

労働組合の出番はそこにあるのかと思います。

 

注目をしていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8月、平和のつどいを開催しました

  • 2017.09.12 Tuesday
  • 11:13

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9月に入って急に秋めいてきたなと感じる今日この頃です。

 

8月は酷暑でもありましたが、雨が多かったのでなんとなく

 

『残暑厳しくなるのだろうな』と思っていましたが、予想に反して

 

9月に入った途端に秋の風が心地よいですね。

 

昔は『今日30度超えるらしいぞ!』と大騒ぎだったのが、

 

最近は簡単に35度を超えてくるので、

 

真夏は本当に国外逃亡したくなります。

 

しかし、秋になったら(雨さえ降らなきゃ)涼しい風が心地よく

 

日本の秋は世界一だな〜と思ったりします。

 

8月はヒロシマ・ナガサキがあって、終戦というか敗戦というか

 

記念日が15日にあります。

 

ただ、この終戦(敗戦)記念日というのも、日本が降伏文書に調印した

 

9月2日の方を、

 

「本当に戦争終結した日」と捉えるべきだという声もあります。

 

戦争は相手がいないと出来ないので、

 

お互いに「もう辞めようや」となったのが

 

9月2日のミズーリの上で調印だから、結構説得力あります。

 

日本は8月15日に「もう無理!」と天皇がラジオで発表したので、

 

多くの国民(当時は臣民ですが)にとったら「終わったー!」と

 

悲喜こもごもになったのは9月2日でなく、

 

8月15日なので8月15日を

 

「終戦記念日」とするのも自然な気がします。

 

今も僕たちが「あれから何年だな」

 

と戦後を数えるのは1945年8月15日を起点としているので。

 

 

 

日本の国体(天皇制)護持を考えてきた人たちから見れば、

 

9月2日だと降伏文書に調印「させられてる」感じが出まくるので

 

非常に都合が悪いというのもあったのでしょう。

 

あくまで国体である天皇が主体的に戦争を「終結させた」という方が

 

なにかと都合が良かったのだろう。

 

 

とにかく、8月になると広島や長崎に原爆が落とされた事を思い起こし、

 

酷い戦争をやったことを思い起こし、全国で平和を祈念します。

 

テレビや新聞でも戦後や戦争を特集して、

 

全国的に8月初旬から中旬にかけて戦争や平和について考え、

 

祈るという時期ですね。

 

毎年こういう時期があって全国的に平和や戦争についての情報があふれる

 

というのは、実は結構大事なことなのではないかなと思います。

 

 

 

8月じゃないけど一昨日やっていた

 

NHKスペシャルの「沖縄と核」という番組は素晴らしかったです。

 

アメリカの喉元のキューバにロシアがこっそりと核を置いていた様に、

 

ロシアや中国の喉元の沖縄に1300発もの!!核を配備して、

 

あわや那覇が無くなるかというような

 

事故まで起こしていたということが報道されていました。

 

日本は一貫してずーっと、

 

沖縄を本土に都合がいいように使ってきたんだなと

 

いう事がよく分かりました。

 

 

 

季節のあいさつから脱線しまくり、もはや線さえ見えなくなってきましたが

 

毎年、僕たちの組合の加盟連合会である

 

川崎建設労連が開催する平和のつどいに

 

ついて今日は記そうと思って、ブラウザを立ち上げたのでした。

 

今年の平和のつどいには、

 

神奈川土建逗子葉山支部の委員長の眞喜志(まきし)さんと

 

いう方に来ていただき、戦争体験を語っていただきました。

 

眞喜志さんは、ご高齢ながらも土建組合の活動を精力的にされていて、

 

お会いすると、いつでもとても丁寧に相たいしてくださる方です。

 

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉が浮かんでくるとても素敵な

 

方です。

 

今年の神県連大会の平和分科会で眞喜志さんの戦争時の体験を聞かせて

 

いただき、ぜひ時間をとってお話を聞きたいし、みんなにも聞いて欲しい

 

と思っていたので、今回平和のつどいにご参加いただけるようになり

 

とても嬉しく思いました。

 

 

沖縄出身の眞喜志さんは、戦争中はサイパンへ家族で移住していました

 

沖縄(琉球王朝)は明治政府や薩摩に富を奪われ、とても貧しく

 

多くの沖縄県民が生活のかてを求めてサイパンへ移住していました。

 

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「サイパン島について」

日本が統治を始めたのは1922年頃(中略)

1941年(昭和16年)のサイパンの日本人数は約48,000人

1943年〜44年にかけては女性や子どもたち、65歳以上の男性に強制引上げが

命令されたが、時はすでにおそく引上げ船は次々と潜水艦に沈められたため、

この命令は早々に打ち切られ島には約22,000人の一般人が取り残された。

 1943年9月、大本営は絶対国防圏を設定し、サイパン島は最前線の重要拠点と

なっていた。軍は、44年5月から第31軍と海軍第5根拠地帯を配備し、

陸海軍43,000人の兵を北部地区、海軍地区、中部地区、南部地区に分けて

投入した。

 米軍はサイパン島への本格的な攻撃を44年6月11日、180機の空爆で始めた。

翌日には480機、翌々日には艦砲射撃が加わり、14日までの4日間で3,500t

の爆撃が投下された。15日に上陸、激しい地上戦が始まった。日本軍は局地的な

攻撃に終始し、米軍の圧倒的な戦力の前に敗退を続け、住民を巻き込む悲惨な

戦いとなっていった。

 島の北部に追い詰められた7月6日、日本軍の最高指揮官ら3人が自決し、7日の

「バンザイ突撃」といわれる最後の攻撃で実質的な戦闘は終わった。

 サイパン島の悲劇は日本軍の「玉砕」だけにとどまることはなかった。

孤島と化し逃げ場のない小さな島では一般住民もたちまち戦場に

巻き込まれてしまった。洞窟に隠れて飲まず食わずの生活が続いた。

ついには小便や海水まで飲んだ。苦しがって子どもが泣き出すと日本兵が家族の前で

虐殺した。手りゅう弾を持っている者は家族で「自決」した。

断崖から身を投げて全滅する家族もあった。マッピ岬のパナデル海岸には

一家全滅の死体が散乱していた。

一般住民は両軍の谷間に追いつめられ、そこに地獄絵が繰り広げられたのである。

   

(引用 池宮城けい 2016 『おばあちゃんのバンザイ岬』巻末資料) 

 

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サイパンが戦地となった当時、眞喜志さんは1歳半で、

 

生後1か月ほどの妹さんがいたそうです。

 

親は子どもたちを連れて逃げ回りました。

 

壕に入ろうとしたが壕の中には日本軍がいっぱいいた。

 

子どもが泣いて敵に見つかることを恐れた軍隊は

 

「壕に入りたいなら子どもを殺してから来い」

 

と言って入れてくれなかった。

 

 

食べるものも無く逃げ回り、

 

とうとう50メートルはあろうかという高さの崖から

 

飛び込むしかないというところまでいった。しかし、いざとなったら

 

人間そうそう死ねるものではない。崖の上にいたところを敵につかまり

 

捕虜になった。生き残ったのが奇跡だと思える。

 

 

 

引上げ船で着いたのが浦賀港(三浦)だった。

 

沖縄には帰れない。(逗子に難民キャンプのようなものがあり)

 

逗子に住み着くことになった。

 

戦後は、差別と貧困との闘いだった。

 

どこに行っても『沖縄・朝鮮お断り』の張り紙がある

 

仕事がない。

 

父親は貧しい中でがむしゃらに働いて、46歳で亡くなった。

 

父の葬儀の時の叔父の言葉が忘れられない。

 

「チキショー兄貴は戦争と貧乏に殺されたんだ!」

 

一晩中泣いていた。

 

 

 

いま、軍靴の音が聞こえる様な時代になっている。

 

日本は、唯一の戦争での被ばく国なのに核兵器禁止条約の採択に

 

欠席をした。国連の日本の席には折り鶴が置かれ、

 

「ここにあなたがいてくれたなら」と書かれていたそうだ。

 

『こんな国でいいのか!?』

 

こんな国でいいのか、と思う。

 

 

 

眞喜志さんは30分ほど体験を語られました。

 

とてもまとめ切れないのですが、静かな語り口の中に多くの

 

思いを感じました。

 

「政治の一番の仕事は戦争を起こさない事だ」と言われます。

 

相手が不条理だ、向こうが悪い!とこちらがどんなに思ったとしても、

 

対話で解決ができなければ、後はドンパチやるしかなくなってしまいます。

 

ドンパチやった時に、犠牲になるのは私たち庶民です。

 

つい最近読んだもので、「熱狂的になる事が一番危ういことだ」

 

とありました。国民が熱狂的になってしまいヒートアップしていくことで、

 

敵対関係をどんどん深めていってしまうのだろうと思います。

 

 

 

極限まで敵対関係が深化した時に必要なのは、母性や教養だと

 

磯田道史さんが言ってました。

 

 

例え敵対しても、絶対に対話で解決をしていくんだという決意が

 

必要なのだと思います。

 

簡単ではないだろうけど、

 

「みんな地球の子どもじゃん」と言えるような、お互いを尊重しあう

 

ような教養を身に着けていくことが、これからの子どもたちにも

 

私たち大人にも必要な学びなんだろうなと思いました。

 

 

長崎で行われた原水爆禁止世界大会に、組合から青年部長が

 

家族で参加しました。

 

小学6年生の娘さんがこんな感想を記してくれました。

 

「どうしてこんなことが起こってしまったのだろうか、

 

 どうしたらもう二度と同じことが起きなくなるのだろうか」

 

 

 

 

どこの時点で止めることができたのだろうか。

 

どこでどうすれば、こんなことが起きないで済んだのだろうか。

 

残された歴史の中には、その答えが隠れています。

 

その答えを見つけ出すことが学びなのかもと思いました。

対市交渉での成果

  • 2017.08.07 Monday
  • 17:22

川崎市中原区の建設組合 中部建設組合の詳細はコチラ

 

8月3日と4日の二日間に渡って、組合(市建設協議会)

と川崎市との平成30年度予算に関わる意見交換(対市交渉)

を行いました。

 

組合側は両日とも50名近くが参加しました。

毎年、経済労働局が事務局となってくれ、市の各部局の

担当の方々が来て話し合いを持っています。

まるまる二日間に亘っての行政との意見交換の場は貴重です。

 今年から、かねてより組合側が求めていた

「文章による事前回答案の提出」がなされましたので、

今までの「文書回答がないまま市側の口頭回答を延々と聞く」

という時間を省くことができ、効率的な意見交換をする

時間が確保されたことは大きな成果です。

 

さらに、事前に文書回答を得た事で、市側の回答と参考資料

の中での明らかな間違いを指摘することができました。

工事契約に関わる禁止事項の建設国保の取り扱いについて

でしたが、「訂正した文章を組合から出してください」

と行政文書の間違いを是正させる成果に結び付きそうです。

 

僕が要請書の作成を担当した『市民文化局』と『子ども未来局』

には、様々な要望を市側に提起しました。

 

核兵器禁止のヒバクシャ署名への市長の署名を要望。

 

他都市の署名状況を注視して検討するとした川崎市の回答に

「他都市の動向を見る必要があるのか、例え見たとしても

 政令指定都市20市中半分以上の11市長が署名している」

ことを示して、署名を迫りました。

 

待機(保留)児童の解消や保育の質の課題

園庭が無い保育園が240園もある(514園中)

タワーマンションが林立する小杉では、

受け入れ可能数6人に対して217人の申請がある

園もある、それが特別ではない状態にある。

 

 

 

 

他にもいろいろと等々力プールの問題とか小児医療とか

ローカルの問題から全市的な課題までやりました。

時間をかけて、まとめてまたUPしたいと思います。

 

 

 

福島仮設住宅での復興支援に行ってきました。

  • 2016.08.22 Monday
  • 11:05

川崎中部建設労働組合の地図・詳細はこちら

 

8月21日(日)に5回目となる福島県二本松市にある

 

仮設住宅への復興支援に行ってきました。

 3年目の復興支援の記事はこちら

 

2011年の3,11からもう5年が経過したのだと改めて

思います。5年も経って「仮設」住宅に住み続けている様な

状況をうんでしまうのが、原発事故なのだと。

 

今回の復興支援では、いつものお祭り的な要素に加えて、前回

から始めて大好評だった、エアコンフィルターと換気扇の掃除

ボランティアも行いました。

お年寄りの一人暮らしが多い仮設住宅では、非常に喜ばれます。

 

 

前日の20日(土)の夜から建設プラザに集まり、2階のホールで

みんなで雑魚寝して当日の早朝3:30から荷物をバスに積み込んで

一路福島へ。いつもの通り、強行軍です。

 

 

台風が心配されましたが、当日はものすごい晴れ!

ものすごい晴れで、暑さがハンパじゃなかったです。

 

2016.08.21 絆まつり_541.jpg

男2人で並んで何やってるのか、パッと見ギョッとしますが

焼き鳥焼いています。

2016.08.21 絆まつり_2158.jpg

はい、熱いです。ものすごく。

 

 

かき氷は、猛暑だったので大人気。

2016.08.21 絆まつり_3160.jpg

福島大学の学生さん達がボランティアで

来てくれて、本当に助かりました。

出店は、太鼓のメンバーたちがほとんどまかなったのですが、

 

予想以上の暑さとアスファルトの照り返しに太鼓を叩いた

メンバーは熱中症寸前で、出演後はエアコンの効いた部屋に

30分間 ドァワーッ!と横にならざるおえなかったので、

学生たちほんと助かった。

テントも貸してくれて、まじありがとう!

2016.08.21 絆まつり_729.jpg

 

仮設のみなさんが毎年楽しみにしてくれている、包丁とぎ。

大工が研ぐと、本当に切れるようになります。

急きょ頼まれた、まな板削りも、にこやかに(?)引き受ける

吉満住対部長(先輩からの『お前やれ』の一言が効いたか)

2016.08.21 絆まつり_3197.jpg

 

仮設住宅の方からは

『毎年来てくれて本当にありがたいです〜。

年寄りはこういうことでもないと部屋から出てこないから、

住民のコミュニケーションの場にもなるし本当にありがとう』

と感謝の言葉をいただきました。

 

そんで、太鼓です。乱打夢(らんだむ)と新たに復興支援の実行委員長

建設横浜の菊池さんも入って、

2016.08.21 絆まつり_8430.jpg

総勢16名で演奏してきました

 

16人って、結構な数です。乱打夢としては初となる大所帯での

演奏。4曲を披露してきました。

2016.08.21 絆まつり_8786.jpg

太鼓に「はまった」中部の青年部書記長の佐々木さん。

乱打夢メンバーになって、まだ間もないのに3曲に出演!

現場でも一生懸命、休憩時間に練習してこの日を迎えたそうです。

2016.08.21 絆まつり_3930.jpg

みんなで掛け声合わせて盛り上げます。

2016.08.21 絆まつり_3723.jpg

乱打夢としては、

これから10月末までに5週続けて、老人ホームでの

慰問出演や、結婚式披露宴、お祭り、全国学習交流集会

などに出演をしていきます。

今年は忙しい秋になりそうです。

 

 

そんで、最後の方は、またまた今年もくらっていました。

土建青年部長の濱村さん。

ちょうどこの時期が誕生日なので、なんか恒例行事のようになっている

パイ投げでなく、ケーキ顔面塗り込み。

帰りの安達太良サービスエリアでも『まだ生クリームの臭いがとれない』

って言っていました。

2016.08.21 絆まつり_2862.jpg

こういう馬鹿ができる仲間って素敵だなぁ・・・(ということにしておく)

 

2016.08.21 絆まつり_1175.jpg

 

本当に暑かったけども、仮設住宅のみなさんに笑顔があふれて、青年も

より一層団結を深めて、すごくいい取り組みになりました

 

実行委員長の菊池さんの最後の涙のあいさつには、こちらもウルウル

感動したし、最初からずっと作り上げてきた平塚松田コンビには

本当にリスペクトの思いでいっぱいです。

 

 

5年を過ぎて、いまもなお復興(元通りへの復興)など全然見えてない

というのが実感ではないでしょうか。そこに横たわるのは原発事故

だったり、今もなお原発を推し進めようとする(被害を過少化する)

力の流れだったりします。

 

人と人との関わりを絆と呼ぶのであれば、間違いなく仮設住宅の

人たちと絆を結んできた5年間でした。

 

僕たちができることが、これからなにがあるのか。

 

 

絆を結んだ仮設住宅の人たちの、生業や生きがいを壊されて

ある人は仕事を探しても「仮設住宅だから」とみつからない、

ある人は5歳になる我が子に「(自分の知る)美しい故郷での暮らしを

伝えられない」と嘆く。

 

みんな、どっこい生きている。

 

だけども、住み続ける権利、働く権利、いろんな人権を蹂躙されて

仮設住宅に住まわされている(しかも5年も)

 

被害者が僕たちの目の前にいるのに、新たな被害をうむ可能性がある

原発を国はどんどんと再稼働させていく。

 

原発はエネルギー問題じゃない。人権の問題なんだ。

 

と、じわじわとまた思いがこみ上げてきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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